怖かった存在

 ネコが、自分で毛繕いが出来なくなった頃、娘が猫用のお手入れウォーターを買ってきた。

 体を拭いてやるのが日課になったが、顔つきはかなりやつれ臨終が近いことを知らせていた。

 私は、家に帰るとネコの顔を見るのが怖くてまず「大好きなコマちゃん!」と、明るく声をかけて気分を落ち着かせた。

 15年も一緒に居たのだから、こころの一部を持って行かれるようだったのだ。

 ともにいた時間を、コンテイニング・ボンズというと、遺族会に参加して学んだ。

 ネコの存在、仕草、共に過ごした時間は、かけがえのないものた。と振り返る。

 

 さて、私も終わりが近くに来ている。

 やり残したものを少しずつでも片付けられたら、幸運と言わなければならないだろう。辛い諦観をこころに納められるだろうか、、、。

 

時は流れて

 矯正施設のリフレクティングの書籍にCDが入っていた。

 内容は私が昔、担当者会議や緩和ケアの現場でやっていた事と重なる。

 あれから20年以上の時何流れて、今度は自分のために、たくさんの人の力を借りて学び直す。

 

 穏やかな優しい音楽が、遠い北国の森の中から聞こえる。

 未来を描いた過去からの贈り物が届いた。

 きっと今日は、いい日。長年の願いが叶う。

 

 

 

君が好き

 以前、同じ町内に住んでいた方が歌が好きで、自作の作詞作曲のCDを送って下さった。

 さっそく聞いて見た。気持ちの落ち着く歌が多い。

 ♩君がスキ❣️というフレーズを聴きながら、自分にそう言ってやりたくなった。

 

 もしかして、この方、プロだったかも。そう言えば、中には、プロに歌わせているものもある。

 そんなこともあるかも。

 

シップ

 

 昔飼っていたネコを思い出す。

枕元にいて、じっと私を見ていた。

 何も言わないのに、温かさが伝わって来た。

 

 今日帰宅時に、大家さんとすれ違い。今朝、お祭りの知らせをポスティングしていて坂道で転んでしまったことを話した。

 「あそこは、車も滑ってるよ。今日は、シップを貼って休んで」と気遣ってくれる。

 

 人の温かさに触れて、長年一緒にいたネコが居ない寂しさが蘇ってしまった。

 

 

デコローレス

 エントランスのドアを開けると、大家さんが植えた花がきれいに咲いている。

 

 先日お会いした時、

「きれいですね!」とお伝えすると、

 大家さんは、

「いやぁ、お宅がやっていたからですよ。おかげで、私の評判も良くなってありがたいです」と。

と、返された。

 

 せっかく娘婿が母の日に送ってくれたカーネーションのつぼみ。

 それを全部咲かせたくて、太陽の光が当たる場所に日に何度も鉢を移動していた日々を思い起こした。

 人の思いは、知らずにつながるのだろうか。

 

 

 私の住むところは寺町で、両隣りは昔から引き継がれたお寺が立っている。

 狭い一方通行の道は、町内ですれ違った人々が井戸端会議の場所とするのにちょうど良い距離感である。

 その温かい雰囲気に呑まれて、自治会の役員を引き受けた。

 高齢化した自治会では、パソコンが出来るだけで、私でも喜ばれる。

 周りからの感謝の言葉が、自然と人に返す言葉になってくる。

 大昔から、温かな雰囲気が受け継がれている。

 そんな都会のオアシスで、思いでの花がいっぱい咲きますように…。

 今日一日を与えられたことに感謝し、祈りながら過ごしている。

 

 

天国のベット

 今朝、早く起きて押入れを整理していると、黒い大きなバックを見つけた。

 娘がネコのために、災害時にも使えるようなキャリーバックを買っていた。

 リュック型で、ファスナーを開けると網の覆いが広がる。

 このバックは、ネコ病院への通院に重宝した。

 ネコは、小さな頃からの癖で、いつもベッドで爪を研いでいた。

 癖を直すことは、なかなか出来なかった。

 新しくしたベッドもボロボロになっていたが、ネコだから仕方がないね、と許されていた。

 

 ペットのネコが、旅立って3ヶ月が過ぎた。

 

 今朝、夫が送って来た写メがベッドに見えた。

 

 そこには、スヤスヤすやすやネコが
夢を見てるみたいに見えた。

 爪跡は、ありのまま。
 ネコのまま。
 許される。

よほど神に愛されているらしいね。

(=^ェ^=)と書いた。

 

 するとまた娘が、

こんな顔をして私たちを見ている。

と、写メを送って来た。

 それから、涙が溢れて止まらなくなり、とうとう大粒の雨になった。