奪われても

 戦争はすべてを奪う。

 夫を、子を、家を、財産を、職を、健康をーー

  すべてを奪われても、なお生きてゆかねばならぬ人は、いま世界の中に多い。 

 私の妹、英子もまたその一人である。

 英子は何ももっていない。慈善病院のベットに引き揚げの身一つを横たえ、シベリアに連れてかれたきり分からぬ夫の便りを待っている。

 だか、英子の額には、いつも安らかな微笑みがある。戦争によってすべてを奪われても、なお微笑だけは奪われなかった。

 この微笑こそは、魂の平安から吹き出た小さな花である。

 永井隆

 

 

  私は、まだ

 すべてを奪われたわけではない。