聖堂は半円形であるから、座る場所によって物や人の見え方も、音の響きも随分と違うのだと気づいた。
司会をする気にならなかったらきっといつまでも気づかなかった。
人の人生にも、裏方が居るらしい。
そしてそれは、失ってから気づくらしい。
もっと語り合って置くんだった。と、、
後悔した。
『後悔先に立たず!』
この格言が脳裏に轟いた。
聖堂は半円形であるから、座る場所によって物や人の見え方も、音の響きも随分と違うのだと気づいた。
司会をする気にならなかったらきっといつまでも気づかなかった。
人の人生にも、裏方が居るらしい。
そしてそれは、失ってから気づくらしい。
もっと語り合って置くんだった。と、、
後悔した。
『後悔先に立たず!』
この格言が脳裏に轟いた。
今日は自治会の活動で、フラダンスの日だった。
一人新しい方が来られた。
「87才です。仕事は家族の洗濯物係をしてます。歌が好きでコーラスに行っています。」と、明るく元気な挨拶をされた。
教えてくれる先生も86歳、他の方も70〜80代だから、お手本のような人々だ。
もう2年以上も続けているが私は、衰える事を知らない人々の中に居る。
一緒に踊り、食べて、語り合う仲間内では、私は若年層となっている。
体をほぐして、最後に皆んなで『パーリーシェル』を踊った。
「みなさんが元気だと、私は嬉しい。」と思わず言葉が漏れた。
以前の勤め先では、胃内にチューブで栄養を送る仕事をしていた。注入前後には、その方の習慣の祈りをさせていただいた。
『すべてのひとのしあわせのために」
習慣のしあわせの形は、私がいただいたものだった。
そんなことを思い出して、胸が詰まり涙がにじんだが、私の思いを知る人はいない。
聖堂を出て、歩き始めると風が吹いて来た。
土手に上がり声のする方向を眺めると、凹地に広がるグラウンドで、若者たちが全力で球技に没頭している。
私は観ているだけで、息が切れそうだ。
歩き続けて右に曲がると、全景が広がって見えた。
藻が生い繁る壕には、ボートに立ち上がって釣り糸を垂れている人が居る。
私は、また観ているだけで、バランスを崩しそうだ。
坂道を降ると、強い風が吹いて来た。
いいから前へ、進め。と背中を押された。
たくさん見送った人々がいた。ということは、自分もそれなりの年齢に達していると言う事だ。
「たくさん話していい思い出になったよ。」そう言って旅立った人が居た。
そこで、自分との思い出を振り返ってみた。
私は、どんなに大変なことでも頑張ってやってしまうだろうな。そんな風に自分を見ていた。いつも必死で、やり抜くしか知らない人だった。
精一杯生きた人だった。
そんな風に自分を見送ってみた。
昨日の講演会では、講師が当たり前のことをゆっくりと話すので眠くなった。休憩時間にお隣に座っていた年配の女性が声をかけてくれた。その方もゆっくりと穏やかな人だった。
話しているうち、出身地や最近思う事など語り合った。ユーチューブでご本人の経歴を見ることが出来ると教えて下さった。ついには、名刺交換をして、またお会いすることになった。
彼女は、東シナ海に浮かぶ小さな島で生まれたとのこと。動画には果てしなく続く空と穏やかな海の遠くの方に島が見えた。
こういう環境で育つと空と、海の雰囲気をそのまま生きる人になるのかも知れない。
私は、自分を見送り新しい出会に期待している。
そして昔、同じ海を私も見ていた。と気づいた。
「20日の新月までは解毒・浄化の期間だから、洗濯や染み抜きなどしんどい仕事はやりどきなのよ。」
待ち合わせ時間に10分遅れた私への友人のアドバイス。
朝6時に起床したが、待ちかねていた時が来たかのように、やるべきことが押し寄せている。
メールの内容を見て混乱していた。どれから先に手を付けたらいいのか分からない。
特に新しいことは、やる前から『途方に暮れる』という過程を通る。
友人によると、月が太っている時は、交通事故などが多い。
新月までの痩せている時は、片づけ物がはかどるのだそうだ。
考えて見たら、私は月など見上げる余裕も無かった。
友人のことばで私は、やっと自分の状況を掴めた。
今日は、締め切りのシナリオの課題を一つだけ片づけてあとは、のんびりする事にししよう。
そう思ったら、上空に飛び去る飛行機の音が聞こえ、鳥がさえずる声が聞こえ出した。