先生

 私は、無意識に「先生」と心の中でつぶやいて来た。「先生」とは、誰のことなんだろうか?「先生」と呼んで来た人は、あまりにも多い。

 昨年から、精神医学の講座で夏目漱石が取り上げられている。課題図書中の『こころ』の冒頭「私は、その人を常に先生と呼んでいた。…」を思い出しす。暗誦しているのは、きっと何回も読んだのだろう。中学卒業の近い2月中旬のだんだんと明るい光が多くなった頃の事。北国の硬い雪も日中の太陽で融け出していた。

 放課後、友人と一緒に文房具屋へ行った。店の棚にあった文庫本の背表紙に『こころ』とあったのが目に留まり手に取った。私は、そのひと月ほど前、交通事故で一時的に記憶を失った時があった。病院のベッドで自分が誰なのか、名前すら思い出せなかった。それが苦しくてたまらなかった。まさに心を失っていたからだろう。

 私は、15歳の自分を探るためにも小説を読み返した。読めば、こころが分かると思っていたのだろうか。終盤まで単調な内容をよく我慢して読んだと思う。尊敬した「先生」は手紙で自分の過去を綴る。私は、「先生」の友人の自殺の場面にかなりの衝撃を受けたことを思い出した。